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盗んだ島は返さない!

◇盗んだ島は返さない

【佐藤優の地球を斬る】
竹島と尖閣 統一した戦略構築が急務

配信元:SANKEI EXPRESS
2012/08/19 09:47

◇佐藤優の地球を斬る】竹島共同管 504968_c450

 韓国の李明博大統領が8月10日、竹島に上陸した。竹島はわが国固有の領土であるが、韓国によって不法占拠された状態にあるというのが日本政府の一貫した立場だ。これに対して、韓国は、歴史的にも国際法的にも「独島」(竹島に対する韓国側の呼称)が韓国領であることは自明であり、しかも韓国が実効支配しているので、日本との間に領土問題は存在しないという立場だ。

 ■「冒険」の最大限活用を

 領土問題は論理的に整理すると、3つに分けることができる。第1は、双方が領土問題の存在を認めている場合だ。この場合、領土問題は存在する。日本もロシアも領土係争を認めている北方領土の事例がこれにあたる。

 第2は、双方が領土問題の存在を認めていないケース。この場合、領土問題は存在しない。日露関係において、南樺太、千島列島(ウルップ島からシュムシュ島までの18島)については領土問題ではない。日韓関係において対馬も領土問題ではない。

 第3は、一方が領土問題が存在する、他方が存在しないと主張する場合だ。客観的に見れば、当事者の一方が領土問題の存在を主張すれば、問題自体は存在するのである。

 この論理を活用して、日本は韓国を追い込もうとしている。玄葉光一郎外相が、竹島問題を国際司法裁判所(ICJ)に提訴する意向を表明した。韓国が応諾しなくても、国際社会において日韓間に竹島をめぐる紛争が存在するという認識が広まることが、日本にとって有利な環境をつくる。

 なぜなら、日本外務省は、その存在を強調しないが、1965年6月22日に日本と韓国の外務大臣間で交換された「紛争の解決に関する交換公文」という名の重要な外交文書があるからだ。交換公文において、椎名悦三郎外相と韓国の李東元外務部長官の間で、「両国政府は、別段の合意がある場合を除くほか、両国間の紛争は、まず、外交上の経路を通じて解決するものとし、これにより解決することができなかつた場合は、両国政府が合意する手続に従い、調停によつて解決を図るものとする」という合意がなされた。

 竹島問題が紛争であることが国際的に認められれば、韓国は外交交渉から逃げられなくなる。李明博大統領のポピュリズム的冒険を最大限に活用し、日本に有利な状況を作り出さなくてはならない。

 ■中国がつけ込む可能性

 ただし、巧みな外交戦略の構築が必要だ。なぜなら、中国が竹島問題を国際化するという日本政府の戦略の隙間につけ込んでくる可能性があるからだ。尖閣は歴史的にも国際法的にも日本固有の領土であることが明白で、しかも日本が実効支配しているので、中国(台湾)との間に領土問題は存在しないというのが日本政府の立場だ。日本が韓国に対して用いているのと同じ理屈を用いて、中国が尖閣の領土問題化を図ってくる。これに対する対策を早急に構築する必要がある。

 筆者は、尖閣に関し、「日本は領土問題は存在しないという立場だ。これに対して、中国が別の見解を持っていても、日本としては対話を拒まない」という姿勢に切り替えるべきと考える。「尖閣問題を領土問題とすると日本が不利になる」という論理は、中国と本格的な交渉をしたくない外務官僚の怠慢な姿勢に基づく。

 竹島を国際問題化する日本が、尖閣に関して問題の存在すら認めないというかたくなな態度を取り続けると、「日本はダブルスタンダード(二重基準)の外交を行う不誠実な国だ」という中国が展開するであろうプロパガンダに国際世論が引き寄せられる危険がある。外務省は、尖閣をめぐる従来の日本の論理が通用しなくなっている現実を率直に認め、中国の論難を打破できる理論武装と国際的な政策広報の準備を至急始めるべきだ。

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(作家、元外務省主任分析官 佐藤優/SANKEI EXPRESS)

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/584854/
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2012年8月25日
地球は誰のためにあるのだろうか

◇竹島(韓国名・独島) Google Earth takeshimaのコピー
竹島(韓国名・独島) Google Earth

 実は大腸にポリープが見つかり、その切除手術のため昨日入院した。しかし土日曜は治療がないので、病院を抜け出してこれを書いている。

 昨夕、病室で竹島および尖閣諸島をめぐる問題についての野田首相の会見をテレビで見た。首相が領土問題について記者会見を行うのは異例のことである。またこの会見に先立ち、衆院が本会議で韓国の李明博大統領の竹島上陸に抗議する決議を採択した。

 会見は極めて内容に乏しいものだったが、首相は韓国を批判しながら「大局を見据え、冷静さを失わないことも欠かせない」とも述べた。原発問題に関する言動はじめ、この人には怒りを感じているが、取り敢えず「冷静さを」というのは正しい。

 領土問題はともするとお互いの国民のナショナリズムを喚起しかねない。そしてそれがヒートアップすれば戦争に繋がる可能性がある。李明博大統領は韓国人の反日感情の上に乗って発言したが、何故韓国人が反日感情を持つのだろうか。

 結局それは「日韓併合」に遡る、歴史教育によってはぐくまれたものだと思う。しかし今日はその問題に関しては触れないことにしよう。

 私は空飛ぶ野鳥が羨ましいと思うことがある。彼らには国境というものがないからだ。国境を引き、国旗を振り回しているのは人間だけである。
地球は誰のためにあるのだろうか。

http://fotokiddie.blogspot.jp/2012/08/blog-post_25.html
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【外務省資料】
竹島問題<目次>
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/index.html

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<竹島の領有権に関する我が国の一貫した立場>
1.竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国固有の領土です。

2.韓国による竹島の占拠は、国際法上何ら根拠がないまま行われている不法占拠であり、韓国がこのような不法占拠に基づいて竹島に対して行ういかなる措置も法的な正当性を有するものではありません。
※韓国側からは、我が国が竹島を実効的に支配し、領有権を確立した以前に、韓国が同島を実効的に支配していたことを示す明確な根拠は提示されていません。

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1.竹島の認知

【日本における竹島の認知】
1.現在の竹島は、我が国ではかつて「松島」と呼ばれ、逆に鬱陵島が「竹島」や「磯竹島」と呼ばれていました。竹島や鬱陵島の名称については、ヨーロッパの探検家等による鬱陵島の測位の誤りにより一時的な混乱があったものの、我が国が「竹島」と「松島」の存在を古くから承知していたことは各種の地図や文献からも確認できます。例えば、経緯線を投影した刊行日本図として最も代表的な長久保赤水(ながくぼせきすい)の「改正日本輿地路程(よちろてい)全図」(1779年初版)のほか、鬱陵島と竹島を朝鮮半島と隠岐諸島との間に的確に記載している地図は多数存在します。

2.1787年、フランスの航海家ラ・ペルーズが鬱陵島に至り、これを「ダジュレー(Dagelet)島」と命名しました。続いて、1789年には、イギリスの探検家コルネットも鬱陵島を発見しましたが、彼はこの島を「アルゴノート(Argonaut)島」と名付けました。しかし、ラ・ペルーズとコルネットが測定した鬱陵島の経緯度にはズレがあったことから、その後にヨーロッパで作成された地図には、鬱陵島があたかも別の2島であるかのように記載されることとなりました。

◇竹島の認知 takeshima_map_m

3.1840年、長崎出島の医師シーボルトは「日本図」を作成しました。彼は、隠岐島と朝鮮半島の間には西から「竹島」(現在の鬱陵島)、「松島」(現在の竹島)という2つの島があることを日本の諸文献や地図により知っていました。その一方、ヨーロッパの地図には、西から「アルゴノート島」「ダジュレー島」という2つの名称が並んでいることも知っていました。このため、彼の地図では「アルゴノート島」が「タカシマ」、「ダジュレー島」が「マツシマ」と記載されることになりました。これにより、それまで一貫して「竹島」又は「磯竹島」と呼ばれてきた鬱陵島が、「松島」とも呼ばれる混乱を招くこととなりました。

4.このように、我が国内では、古来の「竹島」、「松島」に関する知識と、その後に欧米から伝えられた島名が混在していましたが、その最中に「松島」を望見したとする日本人が、同島の開拓を政府に願い出ました。政府は、島名の関係を明らかにするため1880(明治13)年に現地調査を行い、同請願で「松島」と称されている島が鬱陵島であることを確認しました。

5.以上の経緯を踏まえ、鬱陵島は「松島」と称されることとなったため、現在の竹島の名称をいかにするかが問題となりました。このため、政府は島根県の意見も聴取しつつ、1905(明治38)年、これまでの名称を入れ替える形で現在の竹島を正式に「竹島」と命名しました。

【韓国における竹島の認知】
1.韓国が古くから竹島を認識していたという根拠はありません。例えば、韓国側は、朝鮮の古文献『三国史記』(1145年)、『世宗(せそう)実録地理誌』(1454年)や『新増東国輿地勝覧(しんぞうとうごくよちしょうらん)』(1531年)、『東国(とうごく)文献備考』(1770年)、『萬機(ばんき)要覧』(1808年)、『増補(ぞうほ)文献備考』(1908年)などの記述をもとに、「鬱陵島」と「于山島」という二つの島を古くから認知していたのであり、その「于山島」こそ、現在の竹島であると主張しています。

2.しかし、『三国史記』には、于山国であった鬱陵島が512年に新羅に帰属したとの記述はありますが、「于山島」に関する記述はありません。また、朝鮮の他の古文献中にある「于山島」の記述には、その島には多数の人々が住み、大きな竹を産する等、竹島の実状に見合わないものがあり、むしろ、鬱陵島を想起させるものとなっています。

3.また、韓国側は、『東国文献備考』、『増補文献備考』、『萬機要覧』に引用された『輿地志(よちし)』(1656年)を根拠に、「于山島は日本のいう松島(現在の竹島)である」と主張しています。これに対し、『輿地志』の本来の記述は、于山島と鬱陵島は同一の島としており、『東国文献備考』等の記述は『輿地志』から直接、正しく引用されたものではないと批判する研究もあります。その研究は、『東国文献備考』等の記述は安龍福の信憑性(しんぴょうせい)の低い供述を無批判に取り入れた別の文献(『彊界考(きょうかいこう)』(『彊界誌』)、1756年)を底本にしていると指摘しています。

4.なお、『新増東国輿地勝覧』に添付された地図には、鬱陵島と「于山島」が別個の2つの島として記述されています。もし、韓国側が主張するように「于山島」が竹島を示すのであれば、この島は、鬱陵島の東方に、鬱陵島よりもはるかに小さな島として描かれるはずです。しかし、この地図における「于山島」は、鬱陵島とほぼ同じ大きさで描かれ、さらには朝鮮半島と鬱陵島の間(鬱陵島の西側)に位置している等、全く実在しない島であることがわかります。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/g_ninchi.html
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8.「李承晩ライン」の設定と韓国による竹島の不法占拠

:::::::独島防衛隊 deaca269

1.1952(昭和27)年1月、李承晩韓国大統領は「海洋主権宣言」を行って、いわゆる「李承晩ライン」を国際法に反して一方的に設定し、同ラインの内側の広大な水域への漁業管轄権を一方的に主張するとともに、そのライン内に竹島を取り込みました。

2.1953(昭和28)年3月、日米合同委員会で竹島の在日米軍の爆撃訓練区域からの解除が決定されました。これにより、竹島での漁業が再び行われることとなりましたが、韓国人も竹島やその周辺で漁業に従事していることが確認されました。同年7月には、不法漁業に従事している韓国漁民に対し竹島から撤去するよう要求した海上保安庁巡視船が、韓国漁民を援護していた韓国官憲によって銃撃されるという事件も発生しました。

3.翌1954(昭和29)年6月、韓国内務部は韓国沿岸警備隊の駐留部隊を竹島に派遣したことを発表しました。同年8月には、竹島周辺を航行中の海上保安庁巡視船が同島から銃撃され、これにより韓国の警備隊が竹島に駐留していることが確認されました。

4.韓国側は、現在も引き続き警備隊員を常駐させるとともに、宿舎や監視所、灯台、接岸施設等を構築しています。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/g_senkyo.html


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