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日本はそんなに悪い国?・・・(1部)

:::しっかりしろ!日本 132892293805613231285

日本人の愛国心は「愛国心もどき」か?

実に日本人でありながら、日本を解体しようと考える、日本人の皮をかぶった日本人「もどき」がいることに、「日の丸」「君が代」こよなく愛する保守日本人として怒りさえも覚える。

また、最近の近隣諸国三国による、あからさまな、目に余る挑発行為は、日米開戦前夜を彷彿するABCD包囲網に似ている。

民主党政権は安全保障の危機管理さえも全く感じられず、隣国、中国、ロシアは友好関係を口にしながら、そのどさくさに紛れて弱点を付いて来る。この国々が友好関係を口にするのは、相手を油断させるか、騙すための口実としか思えない。

外交は商売と同じ駆け引きだと考えるこの近隣三国。
ゆすり、集り、そして言いがかりで領土も霞みとろうとする韓国
日本固有の領土を海底資源があると分かれば、言いがかりを付けて奪い取ろうとする中国。
終戦後に北方領土を侵略して実効支配して65年、戦勝国のアメリカでさえ沖縄をとっくに返還したにも関わらず、今だに返還しない泥棒国家ロシア。

ロシアに対して、日本政府はプーチンの交渉に応じてはならない。プーチンは領土問題は話し合いで決着しようと言っているが、歯舞、色丹のみの返還に終わってしまう。国後、択捉島は永遠に帰ってこない。
商売の手打ちではないのだ。

:::北方領土 20120619-______

あくまでも、不法侵略前の北方領土、千島列島、南樺太を返還させなければ返還とは言えない。商売での駆け引きではない。主権の問題である。

領土を守るということは、日本固有の領土を守ることである。
ロシアとは妥協してはいけない。国際法廷に提訴すべき問題である。
そうしなければ、韓国、中国にも強硬策は取れないだろう。

日本政府は何で腰抜けなのだろう。
慎重なのは良いが、満州事変の時に、「腰の軍刀は竹光か?」と日本国民が叫んだ・・・・今の政府はその時と同じ腰抜けだと言うことである。
日本は世界に向けて発信すべきだ!がそれを言ったからといって戦争にはならない。


「日本の歴史」を検証する。
世界にインパクトを与え、東アジアを欧米列強の植民地から開放した日本の偉業!これが民主化を促進した。
何故、戦争に負けたからといって配慮、配慮で日本の主張ができないのか?戦勝国でもない韓国が、国益のためには言いたいことは主張しているではないか?民主党政権は韓国政府にも劣る!

今までの日本の歴史と、これからの日本を導く上で、このページは必ずお役に立とものと私「こころ」も推薦させていただきます。


メディアに刷り込まれた
加害国家日本を検証する
ー自国を貶めた虚偽報道と偽善ー 文責 田辺敏雄
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/index.html
以下転載↓

現代史の見直しは望み薄か?
 昭和前期を中心とするかつての日本は、中国をはじめとするアジア諸国を 「侵略」 しつづけ、ここかしこで膨大な数の住民を殺害するなど組織的かつ悪質な「残虐行為」 をはたらきつづけた歴史であり、 「あの時代の日本は恥ずべきもの、触れたくないもの」 とする捉え方が、漠然としたものにせよ、ごく普通の日本人が持つ歴史イメージ( ≒ 歴史観 )だろうと思います。

 この歴史観、歴史イメージは、深いところで私たち日本人の罪悪感、贖罪意識(しょくざい・いしき)とつながっているため、今日なお、国家はもちろん、われわれ自身の言動を何かにつけ拘束しています。


1 「残虐行為」が歴史観を規定
 このような歴史観、歴史イメージをわれわれが持つようになった決定的理由は、他国に対する侵略問題にあるのではなく、日本軍および民間人が行ったとされる残虐行為の一点にある と思います。

 「侵略」問題の方は、当時の日本の周辺国を見渡せば、インド、ビルマ、インドネシア、ベトナム、フィリピンなどなど、ことごとく白人列強国の植民地であり、独立国といえるのは日本、タイ の2国くらい。中国はといえば、大小軍閥が各地に割拠し、国民党の蒋介石はこれら軍閥と戦い国内統一を目指し、やがて新政府を樹立(1928=昭和3年)したものの、アヘン戦争(1840年)以降、列強による権益はそのまま、国内の不安定さも同様でした。なにより列強の持つ軍事力は圧倒的であり、植民地指向も依然強く、太刀打ちできる相手ではありませんでした。

 日本も手をこまねいていれば、他国と同様、植民地にされるのは火を見るより明らかです。ですから、日本という国家の 「生存をかけた戦い」 であったという主張は、そう理解されにくくないはずで、現に理解を示す欧米の歴史学者も少なくないと読んだ記憶があります。
 ところが、これを帳消しにしたうえ、日本のイメージを最悪の状況に引き込んだのが日本軍の「吐き気をもよおす残虐行為」 (米ラントス下院議員、故人)の存在です。ですから、この残虐行為をクリアできなければ、われわれ日本人はもちろん、欧米人の歴史観、歴史イメージは変えられないし、また変えようがない というのが私の基本的な見方で、このホームページを含め、機会あるごとに書いてきました。

 このことはナチス・ドイツが周辺諸国を侵略したことで非難されるより、アウシュビッツ収容所 に象徴されるユダヤ民族抹殺という想像を絶する非人道的行為に、今なお、多くの非難が集中していることを考えればこと足りると思います。

 つまり、残虐行為は戦時下であっても許されない、いわば 「絶対悪」 と大多数の人が考えるために、この問題は永続性を持ち、日中間、日韓間などで、相反する利害が表面化するたびに、両国からここを突かれては謝罪を繰り返し、日本の国益が揺らぐというしだいです。

 われわれ日本人がしっかりとした対応を示さないかぎり、半永久的に国家間における 政治的武器 として利用されつづけ、日本は後退を強いられることでしょう。


2 よってたかって自国を悪者に
 1970年代の初め、つまり今から40年ほど前のことです。日本のメディアは「現地ルポ」などと称して中国などに出かけ、日本軍・民の残虐行為、残虐事件を聞き出しては、これでもかこれでもかと報じ、日本の過去を断罪しました。

 先頭に立って煽ったのは間違いなく 朝日新聞 です。もちろん毎日新聞なども同様、ブロック紙、地方紙の多くも追随しました。

 さらに、NHK 以下のテレビが加わります。そして、これらが報じる残虐事件、残虐行為を事実と決めつけた大学教授・文化人ら によって、過去の断罪に一層の磨きがかかったのです。

 報じられた日本軍の残虐さがわれわれの想像を絶していたがゆえに、日本人は集団ヒステリーにかかったような状態となり、日本軍と日本の国家行動に対する「謝罪と反省」 を迫る空気のまえに、日本人の多くはこれに従いあるいは口をつぐんだのです。

 それら日本軍の行為がまた中国、韓国、アジア諸国などに跳ね返えっては既定の事実と化し、さらに日本非難の声が大きくなる悪循環を引き起こします。「南京虐殺」「従軍慰安婦」 はこの代表例といってよいでしょう。

 このように、日本軍となるととにかく叩く悪癖が40年以上もつづき、日本のマスメディア、学者らにとって日本軍叩きは“正 義” となったのです。このような状況下にあって、われわれの歴史観、歴史イメージが歪まなかったとしたら、むしろおかしいでしょう。


3 輝かしい教育の成果
 「平和教育」 の名のもと、過去の日本を否定する「日 教 組」は、これら一連の報道に飛びつきました。残虐行為ほど生徒に分かりやすいものはなく、効果を期待できると踏んだからです。

 戦後の日本の平和運動は「反米親ソ」路線をとってきましたが、1970年代になってスターリンの犯したケタ外れの悪逆に見られるごとく、ソ連社会主義の実態が暴かれるにつれて、ソ連への幻想が失われていきました。かれらにとっていわば心の故郷の喪失です。

 1980年代に入ると、日教組は戦争被害を教えるだけでは平和教育の目的は達成できず、加害の事実を教えること、つまり日本軍国主義の悪を教え込むことに力点を移していきました。「反 米」 から「反 日」 へのシフトです。日本軍による残虐行為は報道されただけでも山のごとくあるのですからネタには事欠きません。

 そんなとき、「教科書誤報事件」 (1982=昭和57年)が起こりました。事件というのは、高校用歴史教科書の文部省検定で、検定前の教科書に「侵 略」 とあった記述を「進 出」に書き換えさせたとして、日本のメディアが集中非難したものでした。

 ですが、書き換えの事実はなかったのです。にもかかわらず、中国、韓国の抗議に屈した日本政府は、教科書記述にあたっては中国、韓国など近隣諸国の批判に十分配慮するとした「近隣諸国条項」 が検定基準に加えられ、学問的に裏づけのない残虐事件も事実上フリーパスとなりました。

 このような動きに教科書出版会社が反応しないわけがありません。南京虐殺、三光作戦、強制連行など残虐行為を競うように取りあげ、教科書売り込みのセールスポイント になったのです。ですから、日本の歴史教科書と教師用の「虎の巻」(「指導書」)は残虐事件記述で溢れかえりました。

 大阪やほかの各地に建設された「平和博物館」 (=平和祈念館)だって視点は同じです。全国自治体に平和博物館を建てようと1983年、「平和博物館を創る会」が発足しました。

 呼びかけ人は永井 道雄 (朝日新聞論説委員、三木内閣で文部大臣)、家永 三郎 (教育大学教授)らでした。そこでの展示は、歴史教科書と同様、日本軍による加害を強調したものでした。

 こうした教科書、あるいは「平和博物館」を通じ、日本の過去断罪、国家否定という刷り込みが教室内で日常的に行われているのです。

 その結果が国旗を踏みつける中学生 の出現です。産経報道(写真)によれば、「卒業式終了後、生徒たちが国旗を降ろし、雪に埋めて踏みつけていたことが分かった。式自体も、教職員らが国旗掲揚と国家斉唱を妨害するなど大混乱になった」 というのです。

:::新聞記事 生徒が国旗を踏み付ける sankei-2001-6-27-kokki

 こんな例もありました。
2000年3月の卒業式で、東京都・国立市立小学校の生徒が掲げた国旗を降ろすよう校長に要求。あげくに興奮状態になった学童 は校長に向かって「あやまれ」「土下座しろ」と迫り、なかには泣き出す生徒もでてきたとのこと。そのうえ、保護者までもが「子供たちに謝ってほしい」と校長に向かって言い出す始末。

 世界のどこに父兄も参列する厳粛な卒業式で、自国の国旗を踏みつける生徒がいるでしょうか。また世界のどの国に校長に土下座を要求する小学生がいるでしょうか。判断力のない生徒たちは左がかった教師にそそのかされ、正しい行為のごとく錯覚し、ことにおよんだに違いありません。なんという輝かしくも愚かな教育の成果でしょう。

 卒業式での国旗掲揚、国歌の斉唱時に起立をしない(「不起立闘争」というのだそうで)ばかりか、気勢をあげるなどの妨害行為に出る教師が後を絶ちませんでした。その数も、例外などといって済まされない数に達しているのです。


4 海外に飛び火
 こうした国内事情が海外の論調に及ばなかったとしたらむしろ不思議でしょう。戦後60年余りも経た2007年6~7月、アメリカ下院外交委員会および 同下院本会議 で採択された「慰安婦」 に関する「対日非難決議案」は、このことをはっきりと証明しているはずです。

 同決議案によれば、「慰安婦制度は日本政府による軍用の強制的な売春で、20世紀最大の人身売買の一つ 」 と断じ、日本政府に「公式謝罪」 を求めてきました。その事実がなかったにもかかわらずにです。

 さらには、カナダ下院本会議でも、「公式かつ誠意ある謝罪」を求めた決議案が、またオランダ下院の本会議でも、元慰安婦に対する「謝罪と補償」を求めた決議案が採択されました。この動きはキッカケ次第でいつEU諸国に広がっても不思議ではありません。

 慰安婦強制連行の大元をたどれば、ひとえに「朝日新聞」 の捏造ともいうべき事実をねじ曲げた報道にあり、さらに誤りを認めないどころか、依然と強弁をつづけているところに行き着きます。

 ですが一体、「朝日」読者の何人がこういった事実を知り、かくまで貶(おとし)められた国家と傷ついたわれわれ国民の名誉をどう考えるのか、ぜひ知りたいところです。

 もちろん、裏づけ調査をろくにしないまま、「慰安婦強制連行」を認めてしまった日本政府(「河野談話」)の責任も追及されなければなりません。事実関係がハッキリしているにもかかわらず、日本政府の「静観の構え」とやらで、アメリカに抗議一つしようとはしませんでした。国家が日本の名誉を守らずに、一体、誰が守るというのでしょう。

 慰安婦問題にかぎらず、南京大虐殺など一連の歴史問題は、情報戦、宣伝戦という国益をかけた戦いであり、しかも仕かけられた戦い なのだという認識が、政府も国民も希薄なのでしょう。

2部へ続く





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