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韓国、朝鮮人の「大嘘」とプロパガンダ

関東大震災朝鮮人暴動はデマではなく実話!朝鮮人テロリストの襲撃
http://www.youtube.com/watch?v=r0bZoEfXl2I


一般朝鮮人は保護された ~ 関東大震災

::一般朝鮮人が保護された歴史は抹殺された 20100829095227

 大正12年(1923年)9月1日に発生した関東大震災で社会主義者と不逞朝鮮人らが暴動を起こし、放火を行い、井戸に毒を投げ込み、日本人を虐殺していきます。各所で設置された自警団や青年団はドサクサに紛れた盗賊や火付けを警戒しますが、不逞朝鮮人の暴動の報が入ると朝鮮人と見ると尋問したり拘束したりしました。

 一方、政府は一般の朝鮮人が迫害されることを懸念し、朝鮮人保護につとめました。

9月5日閣議決定

一、戒厳区域をさらに千葉埼玉両県下に拡張する、こと

一、東京市内の鮮人一万五千名は習志野の兵廠に之を収容し百名に付き一名づつ警察官を附して護衛すること。

一、食糧の配付は陸軍から4日中重焼パン十万人分を既に百万人分の食糧を到着したのを始めとして近県各々から・・・

一、富豪の邸宅を解放せしむること

一、陸軍工兵隊は宮城前、新宿御苑、深川方面の宮内省用地にバラックを急設すること。

 千葉の習志野、警察署や神奈川県庁、目黒競馬場に保護します。その数6,797人。保護にあたっては横浜市の鶴見警察署長・大川常吉が保護下にある朝鮮人等300人の奪取を防ぐために、1000人の群衆に対峙して「朝鮮人を諸君には絶対に渡さん。この大川を殺してから連れて行け。そのかわり諸君らと命の続く限り戦う」と群衆を追い返したという話もあります。保護された朝鮮人には炊き出しをして握り飯を配給し、毛布を配り、傷を負っていた被災者には赤十字と軍医による手厚い看護が施されました。

逆に日本人は野宿したり、仮小屋生活で食料の不足を助け合ったり、便所もない生活をしていました。吉村昭著「関東大震災」(菊池寛賞受賞作)を見ると、朝鮮人保護のことは一切かかれていません。朝鮮人来襲デマ説は後藤新平内務相のコントロールによるものですが、朝鮮人を保護した事実が語られなくなったのは戦後の言論空間の作為的なものかもしれません。(大川常吉の話だけは語られている)

 政府は朝鮮人を保護したものの、自警団、青年団による過剰防衛があり、殺害された朝鮮人は233人おり、日本人367人が起訴されています。朝鮮人と間違えられて殺害された日本人の数は57人。福田村事件のように、方言を話す地方出身の日本内地人が殺害されたケースもあります。支那人は4人殺害されています。

 この頃、在京浜の朝鮮人は9,000人いたと推計されます。閣議決定の1万5千人というのは習志野に収容可能な人数を述べています。保護された朝鮮人は6,797人。自警団などによる過剰防衛による死者は233人。震災でなくなったと思われる数は推計2700人。800人は不逞朝鮮人テロリストになります。朝鮮人6,000人が虐殺されたというのは巨大なウソで、6,000人以上が保護されているのですから、そんな虐殺があれば、震災で死亡した朝鮮人は0人未満ということになってしまいます。吉野作造説でも虐殺数2,613人で震災で死亡した朝鮮人は0人になります。こういうプロパガンダに騙されてはいけません。

また、ネットを見てますとこんなのが載っていました。

「所謂自警団、青年団等は「朝鮮人」と叫ぶ高声に一呼百応して狼の群の如くに東西南北より集まり来たり、一人の吾が同胞に対し数十人の倭奴<日本人>が取り捲きつつ剣にて刺し銃にて射、棒にて打ち、足にて蹴り転がし、死せしものの首を縛り曳きずりつつ猶も刺し蹴りつつし屍体にまでも陵辱をくわえたり、婦人等を見れば両便(ママ)より左右の足を引き張り生殖器を剣にて刺し一身を四分五裂にしつつ、女子は如斯にして殺すこと妙味ありと笑ひつゝ談話せり……身体を電信柱に縛り付け先ず眼球を抉り鼻を切り落とし、其の哀痛の光景を充分眺めた上、腹を刺して殺したるものあり……。」

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(姜徳相・他編『現代史資料・6』みすず書房、一九六三年)

 わかる人が見れば直ぐわかる大嘘です。殺害手口が大陸・半島の手口です。日本人のものではありません。朝鮮人の独立運動家がバラまいたプロパガンダ冊子に、こ,れとそっくりの記載あります。この冊子では2万3千の朝鮮人が殺されたとしています。こういうものにも騙されてはいけないでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このコリアン姜徳相の文章をみても分かるとおり、「邪悪な狼」の大陸、半島人は、日本社会、いや全世界に、こう言った大日本帝国軍人の残虐行為や日本人はこんなに残虐な民族なんだと、大嘘を吹聴してきたのです。
戦時中のプロパガンダは、戦術の一つだからやむおえないだろう。
日本も国民に対しては「鬼畜米英」の標語を掲げて国民の団結を図るために行われた。
しかし、米英や中国のように、世界に向けた卑怯な宣伝はしてなかった。それが武士道精神というものだろう。
後に英米軍人は、日本軍の勇敢さと、武士道精神を褒めている。

戦後67年になった今、日本人は鬼畜米英なんて言っていますか?アメリカが日本は、残虐な民族・・・なんて宣伝していますか?

戦時中じゃあるまいし、今だに「日本人は禽獣にも劣る悪鬼で残虐な民族だ」と隣国「韓国」「中国」では学校教育で骨の髄まで染み込ませる洗脳教育。これは人間本来の心を失う、暴力的なクローン人間となっている証である。
人間として一番大事な心を摘まれて、潜在意識は恨み(ハン)で充満している。これ地獄の境涯と言うのでは?

韓国、朝鮮人は「恨み」「憎しみ」を持つことが、一番の「原動力」なのです。



地球史探訪:震災下のテロとの戦い

関東震災直後の混乱の中で、朝鮮人独立運動家たちは被災民に対して無差別テロを仕掛けた。

■1.「朝鮮人を電柱に縛りつけ、眼球をくり抜いて鼻をそぎ・・・」

関東大震災の翌年、大正13(1924)年5月、在東京英国大使館から、ジェームズ・ラムゼイ・マクドナルド英首相に、あるパンフレットが送付された。『日本での朝鮮人大虐殺』と題した小冊子で、横浜の英国総領事あてに郵送されてきたものである。その中には、次のようなおどろおどろしい記述があった。[1,p245]

1923年9月1日ごろ(JOG注: 震災当日)、日本政府は一般大衆のほか、兵士、警察本部、自警団に向けて無線で特別命令を出し、「朝鮮人の老若男女を街角で見つけるか、家の中、あるいはどこかに隠れているのを見つけたら、いつでも殺害せよ」と指示した。・・・

騎馬兵はあらゆる方角から朝鮮人を追いかけ、銃撃を加えて皆殺しにした。このようにして殺された人数は次の通りである。

ハダ(羽田?)2000、隅田川沿い400、品川300,サキダマケン(埼玉県?)駅400・・・

しかし、最も痛ましい殺人は、いわゆる自警団や民衆によって行われた。「朝鮮人だ、朝鮮人だ」と叫び、朝鮮人攻撃に加わった。彼等は朝鮮人を電柱に縛りつけ、眼球をくり抜いて鼻をそぎ、腹を切り裂いて腸が飛び出るままにした。・・・

2万人以上の罪なき人が野蛮な日本人によって虐殺された。朝鮮人に開かれている道はただ一つ。それは「日本人が朝鮮人を殺したように、日本人を殺すこと」だ。

「眼球をくり抜いて鼻をそぎ」というのは、中国や朝鮮でかつて行われていた虐殺方法だが、我が国では聞いたことがない。どうも「南京事件」と同様、中国や朝鮮が絡むと、そこに登場する日本人は突然、大陸・半島風の残虐さを発揮するようだ。

今日でも流布されている関東大震災における「朝鮮人虐殺」が、すでにこのように国際的な政治宣伝に使われていたのである。


■2.「そう住民が思い込んだのには根拠がまったくないわけではない」

この小冊子を本国に送るにあたって、在京英国大使館は次のようなメモをつけている。[1,p244]
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小職の複数の報告でお分かりの通り、大震災後に多くの朝鮮人が殺害されたことは疑いのない事実であります。しかし、不幸な出来事はこの小冊子の著者によって著しく誇張されており、日本の当局が虐殺を扇動したという筆者の指摘には根拠がないと考えます。

東京や横浜の住民は恐慌状態に陥り、朝鮮人が略奪や政治的復讐のため家々に火を放っていると思いました。小職には放火があったともなかったとも証明する手立てはありませんが、欧州人を含む事情通の多くは、そう住民が思い込んだのには根拠がまったくないわけではないと考えています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
すなわち、英国大使館の見る所では:

・大震災後に多くの朝鮮人が虐殺された。
・日本の当局がそれを扇動したわけではない。
・住人は、朝鮮人が略奪や政治的復讐のために放火した、と思った。
・そう思い込んだのは、根拠がまったくないわけではない。

当時の英国大使館といえば、中立的客観的な見方のできる立場にあった。当時の史実を丹念に分析した工藤美代子氏の労作『関東大震災 「朝鮮人虐殺」の真実』があきらかにしたところも、この英国大使館の見方を大筋で一致している。


■3.震災下のテロ

「住人たちが、朝鮮人が略奪や政治的復讐のために放火したと思った」のは、「根拠がまったくないわけではない」、という点を工藤氏は詳細な事実で明らかにしている。それによると、真相は次のようであった。

震災前から朝鮮の独立運動家たちが、様々なテロ攻撃を計画し、実施してきていた。ちょうど、アメリカでの9.11事件を引き起こしたイスラム過激派のテロのように。

そこに発生した関東大震災を好機到来として、朝鮮人テロリストたちは一般家屋への放火や、一般の日本人民衆を殺害し、混乱を増大させて、独立運動を盛り上げようとした。

自衛のために、東京・横浜の各所で自発的に自衛団が作られ、一部の地域ではテロリスト集団との戦闘まで行われた。またその過程で、過剰防衛により殺害された朝鮮人もいた。

この混乱を抑えるために、戒厳令が敷かれ、軍・警察が騒乱を鎮圧した。政府は「朝鮮人は全部が悪いのではない」と必死で政情安定に努めた。

以下、工藤氏の著作から、ポイントとなる史実を追ってみよう。


■4.朝鮮人テロ集団

日本統治下の朝鮮半島では、食糧増産、医療の普及によって、急速に人口が増加した。併合前の1906年(明治39年)に980万人だった人口が、その後の20年間で1,866万人へと倍増した[a]。

その結果、職を求めて内地に移住する朝鮮人も増加した。在日朝鮮人の人口は、大正7(1918)年に1万4501人だったが、5年後の震災の年には8万617人と急増している。

その中に、朝鮮独立を目指すテロリストたちが混じっていて、さまざまな事件を起こし、それが次のように新聞に報道されていた。

「首相邸を襲わんとした鮮人の大陰謀露顕-爆弾数個と陰謀書類」
「在阪鮮人の宅に爆弾数個を発見」
「大仕掛けの武器密売 拳銃1万挺、挺彈90万発」

「密売」とは、神戸在住のある日本人が青島の朝鮮独立家に大量の武器密輸を図ろうとして逮捕された事件である。このように震災の前から、朝鮮人テロリスト集団は活発な活動を続けていた。



震災下のテロとの戦い

工藤氏の調査によれば、震災直後に東京とその近郊にいた朝鮮人の総人口は約9800人。ここから軍・警察に収容された6800人を除くと約3千人。この中に、震災被害者とテロリストとして殺害された人数が含まれる。

工藤氏は、朝鮮人も多く居住していた本所区、深川区の震災による死亡率が約15パーセントであることから、多くの朝鮮人の家屋が劣悪だったことを加味して死亡率を20パーセントと仮定して、約9800人の20パーセント、すなわち2千人近くが震災被害者だと推定している。

とすると、3千人から、推定震災死亡者2千人を引くと、1千人ほどがテロリストとして殺害された朝鮮人の数となる。1千人規模が殺されたとは今日から見れば大変な事だが、その一方で朝鮮人テロリストによる放火や爆弾によって殺された日本人もいた事を忘れてはならない。

先に紹介した越中島の糧秣廠の爆弾攻撃だけでも3千人が死んだと言われている。そして同様の放火事件が各地で起きている。殺害された日本人も、数千、数万という規模になるだろう。

震災下の混乱の中で、朝鮮人テロリスト集団が日本人被災者に対して無差別攻撃を仕掛け、せっかく大震災を逃れた被災者たちが多数殺された。市民を護るべく、自発的に住民の自警団が立ち上がり、テロリストたちと戦った。その過程で、当然、無辜の朝鮮人も巻き添えになって殺された。そういうテロとの戦いが、震災下にあったのである。

こういう背景を伏せて「朝鮮人虐殺」だけを取り上げ、なおかつ犠牲者数を2600人とか、5千人とか、果ては2万人以上だというのは、「南京大虐殺30万人」[c]と同じ、悪質な政治宣伝である。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(056) 忘れられた国土開発
日本統治下の朝鮮では30年で内地(日本)の生活水準に追いつく事を目標に、農村植林、水田開拓などの積極的な国土開発が図られた。

b. JOG(20) 阪神大震災:真実は非常の時に現れる
ひたすらに自衛隊を黙殺し、国家権力を縛ることが、民主主義であり、平和主義であるとする社会党的妄想が、災害に対する準備を怠らせ、被害を大きくした。






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