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歴史教育の問題点を検証する

戦後日本をここまで貶め、国益を損ね、売国政治屋は国外追放だ!

歴史教育を語る前に明らかにさせて置きたいことがあります。
それは、侵略戦争と植民地という文字である。それに大日本帝国陸軍が中国や朝鮮半島で蛮行を繰り返したと教科書にも書いてあるようだが真実に在らず。過去はともかく、これからは近隣諸国条項は破棄し、歴史教育についての一方的な内政干渉は属国を意味する。
他国の政治上の意図や自虐史観によって歪められてきた日本の近代史。これからは真実の歴史を堂々と教えるのが子孫に対する責任でもある。近隣の韓国、朝鮮人が思い違いしている日韓併合について、朝鮮全権大使 李成玉氏が述べている。

日韓併合は朝鮮人を守るために行われた。

「現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面をもつことはできない。

亡国は必死である。亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかない。
欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本は違う。

日本は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。

そして、日本人は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。

それ以外に我が朝鮮民族が豚の境涯から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。

日韓併合が問題になるのは、変な話だ。我輩の併合観は欧米人の朝鮮人観を基に考察したのだ。」

朝鮮全権大使 李成玉 「李完用侯の心事と日韓和合」

南京大虐殺記念館、従軍慰安婦問題は、日本人に成りすました旧社会党(在日の巣)や朝日新聞(極左)によってつくりだされた。
でも、彼らは何も罪に問われてはいない。どう考えても国家に大損害を与えている。そして、日本が侵略し、植民地にした国々に謝罪をし続けなければならないと、政府に焚きつける。
戦後の日本は、これら政治家スパイによって窮地に追いやられたといっても過言ではない。
旧社会党が主体の民主党は、日本の為ではなく、中国、韓国、北朝鮮の出先政党であり、日本国民を奴隷化し、国民の血税はそのために使われることを知っておかなければならない。
民主党の方向性は、実に危険極まりないと多くの国民は感じていることだろう。


爆弾発言!韓国大統領「北朝鮮の復興は日本に金を出させる」と ・・・
http://www.youtube.com/watch?v=XDBQTtO0gYk

根回し(韓国支援=北朝鮮救済、反日の為の資金)・・・>首脳会談「通貨融通枠拡大」・・・>日本国民に消費税増税。

日本は毅然とあれ!

         ・・・・・・・・・・◇◆◇・・・・・・・・・・

歴史教育の問題点を検証する前に・・・
むかついてくる動画

恐師の、凶師による、狂師のための歴史教育by増田都子その1
http://www.youtube.com/watch?v=WNgpZ5OgdbI

恐師の、凶師による、狂師のための歴史教育by増田都子その2
http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=ebQO8AonTI8&feature=endscreen

貴女の年齢は…?貴方は歴史伝承に関して失格です。実体験も無い­のに、60年以前の歴史的史実をあたかも見てきたかのように一方­的な自己解釈の基、相手に押し付けようとしている、この様な教育­者が無知な児童に誤った戦争先入観を植え付けてしまうのです。ま­ず貴方の話は「単語」の意味を単に紐解いているに過ぎません。事­件の歴史的背景が語られていない為、一方的な自己主張を他人に押­し付けている。「侵略とは…」他国の主権・領土や独立を一方的に­侵す事。正解です。しかし当時の時代背景で英米仏印蘭露の列強国­で侵略国でなかった国はどこですか…全ての国が国際法で認められ­た条約締結に基づいて植民地政策を堅持していた、何故、日本だけ­が侵略国だと云われるのですか…田母神俊雄氏が主張した戦後、米­国が日米安全保障条約を締結して沖縄を始め、国内に駐留している­、この件は何故、侵略と云わないのですか…経緯は全く同じく日米­双方が条約締結しているのです…貴方は中国・朝鮮のプロパガンダ­要員ですか。知ったか振りは止めましょう…。日本が侵略国と云わ­れるのは単に戦争の「敗者」であったからです。


いまこそ語ろう 日本の安全保障」ゲスト:田母神 俊雄
http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=1ZIf36c-h4w&feature=endscreen


【田母神俊雄】7.13杉並・日本は「侵略国家」ではない!![H21/7/14]
http://www.youtube.com/watch?v=T9ExraNfTHw&feature=related


田母神俊雄氏が語る 日韓併合100年 本当に韓国を貶めたのか
http://www.youtube.com/watch?v=WPbMsYMVfzc&feature=related


歴史教育の問題点を検証する


■「歴史教科書」は「内政問題」である
 現在の歴史教育 ── 小・中学校での義務教育や、高校での歴史教育に使われている「検定歴史教科書」ほど滑稽なものはない。それを如実に示しているのが、「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」などの「採用」だ。これらは中国(支那 シナ)や韓国・北朝鮮(コリア)からの「外圧」によって、日本政府・文部省が「採用」したものである。

しかし、「南京大虐殺」については、今尚、日中双方で見解が異なっているのが実情だ。「南京大虐殺」における日中双方での死亡者数の大きな隔たり、いや、「南京大虐殺」なる事件が本当にあったのかさえ疑問視されている。

そんな状況でありながら、敢えて教科書に「採用」されたのは、「歴史教育」云々以前に、日中両政府による「政治的妥協の産物」である事の方が大きい。又、「従軍慰安婦」にしても、当時、その様な呼称は全く無かったし、現在の研究でも「従軍慰安婦」とされている女性の多くが「内地」 ── つまり日本本土から大陸へ自ら渡った大和撫子(やまとなでしこ)だった。
又、日本軍による組織的な関与の証拠も存在しないし、所謂(いわゆる)「強制連行」も風説の域を出ていない(逆に捏造された)。

因(ちな)みに、当時はまだ「公娼(こうしょう)制度」 ── 売春が政府によって公認されていた訳で、貧しい家の親が自分達の娘を「身売り」していた時代だった(ここが自らその世界に飛び込む現在の「風俗嬢」とは根本的に違う点)。

つまり、「従軍慰安婦」と名乗り出ている女性の中には、親に身売りされた女性も少なくなかったのでは無いだろうか? 当の本人達は身売りされたとも知らずに、「強制連行された」と思い込んでいるケースもあるのではないだろうか?(それはそうだろう。誰だって、親に身売りされたなんて思いたくは無いものだ) 私は決して「身売り」を肯定するつもりは毛頭ないし、そう言った女性に同情の念さえ抱く。

しかし、時代背景としてそれが厳然と存在した事も事実である。従来の「従軍慰安婦」問題は、コリア側からの一方的な攻勢と、反日日本人 ── いわゆる「進歩的文化人」らの援護射撃で、日本側が一方的な防戦を強いられてきた様にしか見えない。更に言えば、「歴史教科書」とは突き詰めれば「内政問題」であり、外国からどうこう言われたからと言って、いちいち内容や記述を変更すべき代物では無い。考えてみて欲しい。日本が中国や韓国・北朝鮮に対して、

あなた方の国の歴史教科書のここが間違っているから、直しなさい。と要求した所で、彼らは内容や記述に変更を加えるだろうか? 答は、端(はな)から決まっている。

歴史教科書は我が国の主権に属すものだ。日本にどうこう言われる筋合いは全く無い。これは明らかに内政干渉である。と言って非難囂々(ごうごう)、挙げ句の果てには外交問題に迄発展するだろう。これが当たり前であり、本来の姿なのだ。
その当たり前の事さえ出来ていないのが、現在の日本政府や文部科学省(旧文部省)であり、教科書検定制度なのだ。

■生徒達はマゾヒスティックな「歴史教科書」で学んでいる
 次に問題なのは、戦前・戦中・戦後に一貫したマゾヒスティック(自虐的)な内容と記述だ。明治維新から始まって終戦に至る日本の歴史は、「帝国主義」・「侵略」・「抑圧」と言ったキーワードで括られており、結果的に日本が戦争に負けたのは必然だったと断罪してしまっている。(はっきり書かれていなくても、読めば分かる) 

 大東亜戦争(太平洋戦争)にしても、日本による「東南アジア諸国」への「侵略」 ── 「日本悪者論」と言った具合なのだ。しかし、当時のアジアを見渡せば分かる事だが、アジアで現実に独立していたのは日本とタイだけだった。(実際にはタイも日本の勢力下にあったが)

 フィリピン・インドシナ三国・ビルマ・マレーシア・シンガポール・インドネシアやインドと言った「東南アジア諸国」は地図上の何処にも存在してはいなかった。皆全て米英仏蘭と言った欧米列強の植民地だった。

つまり、「日本が侵略」云々以前に、東南アジアは欧米列強に侵略されていた訳だ。そこへ日本軍が乗り込んでいき、欧米列強勢力を駆逐したのだ。

戦後、先勝国史観によって「日本悪者論」が作り出されたのだが、現在の東南アジア諸国があるのは、日本が大東亜戦争の際、東南アジアへ兵を進め欧米列強勢力を駆逐した事が大きく影響しているのも事実だ。もし、日本が戦争を起こさず、東南アジアへ兵を進めなかったとしたら・・・おそらく、20世紀末の現在も東南アジアは欧米列強の植民地のままだっただろう。

「歴史」とはそう言うものなのだ。これが「正義」であり、これが「悪」だ等とは、誰にも絶対に言えないのだ。「歴史」を考える時には、何時(いつ)も必ず、「原因」・「過程」・「結果」をセットにして考えなくてはならない。

太平洋戦争で日本は負けた。
なぜなら日本が侵略したからだ?

・・・と言った「結果」のみを見ていたのでは、本当の「歴史」は決して見えてはこない。「湾岸戦争」にしても、「パレスチナ問題」にしても、現在の「結果」だけを見ていたのでは、全くその本質が見えてこない。
何故(なぜ)、イラクのサダム-フセイン大統領は湾岸戦争を起こしたのか? こう言った「原因」と、「結果」に至る「過程」をも考えなくては、「歴史」は語れないものなのだ。
話題が逸(そ)れてしまったが、現在の日本の「歴史教科書」ほど、マゾヒスティックなものは無い。こんな教科書で生徒が「歴史」を学んで一体何になるのだろうか? 戦前から戦後に至る記述は、

日本はこんな悪い事をしてきた?
・・・のオンパレードにも見えてくる。これでは、「祖国・日本」を愛するどころか、「反日日本人」を増やすだけだ。まあ、それが「日の丸・君が代」に反対する「彼ら」の狙いなのかも知れないが・・・。


■歴史には必ず「表」と「裏」がある
 現在の「歴史教科書」 ── 特に中世日本史は余りにも平面的過ぎると思う。特に、後醍醐天皇の吉野潜幸(せんこう)に始まる「南北朝時代」の内容と記述にそれが如実に表れている。

教科書での「南北朝時代」は、1392年の明徳和約による南北朝合一によって「終結」し、それ以後は室町時代・戦国時代への記述に重点が移っていく。しかし、現実には明徳和約以後も「南朝」は厳然と存在したし(後南朝)、戦国時代の幕を開いた「応仁の乱」も南北朝と言うキーワードを導入する事によって初めて全体が見えてくるのだ。
更に、南北朝は幕末・維新の動乱期や、終戦直後、世に一世を風靡(ふうび)した「熊沢天皇」として、時折、歴史の表舞台に顔を出す。
教科書で教えている「南北朝」が「表」の顔だとすれば、「熊沢天皇」に代表される「南北朝」はさしずめ「裏」の顔とでも言えば良いのだろうか? 「南北朝時代」を例に挙げたが、「歴史」とは、「表」の歴史と「裏」の歴史が、螺旋(らせん)状に絡(から)み合い、相互に補完し合っているものなのだ。

だから、「表」の歴史だけを見ていても、決して「真実」は見えてはこない。必ず、「裏」の歴史をも見なくてはならないのだ。
更に言えば、「歴史」とは本来、「イイクニ作ろう鎌倉幕府 ── 1192年」の様に、何年に何があったかを暗記する様なものでは無いのだ。はっきり言えば、何が何年にあったか等、専門家や研究者でも無い限り覚えておく必要等全く無い。必要な時に、事典なり何なりで調べれば事足りる事なのだ。

歴史教育でもっと大事な事、それは、「何が原因で、どう言う過程を経て、結果的にどうなったのか?」、「その歴史的事件がどの様な影響を及ぼしたのか?」と言った事なのだ。
そう言う観点から言うと、現在の「歴史教育」は限りなく歪んだ方向へ進んでいる様にしか見えないのだ。


■多様な歴史観を育む事こそ「歴史教育」の本質
現在の教育は「歴史教育」に限らず、「画一的で詰め込み式 ── 受験勉強の為の教育」とよく指摘されるが、とりわけ「歴史教育」はその度合いが非常に強い様に思う。
日本史上、「最古の歴史書」と言われる『古事記』や『日本書紀』(合わせて『記紀』と呼ぶ)でさえ、現在の「歴史教科書」ほど酷(ひど)くは無かった。

官製史書 ── 国が作った歴史書である『記紀』は、多分に体制側(権力者)の意図に沿って編纂(へんさん)されたものだろうが、その『記紀』でさえ、「神代」(じんだい:神話時代)の記述に、本論とは別に、「或(ある)いは言う・・・」と言った具合に、異説・異論を併記している。

あの『記紀』でさえ、その程度の許容をしているのに、現在の「歴史教科書」は、異説・異論を全く封殺し、「統一」した歴史観だけを強要している。
確かに、「教科書」と言う制約はあるだろうが、これでは極端に固定された「歴史観」しか生み出さない。
様々な制約によって「教科書」に異論・異説を掲載出来ないのならば、「副読本」と言った形でも良い。
異論や異説・民話等を取り上げた「第二教科書」を作っても良いのでは無いだろうか? 
「京の都で何々があった」と言った記述も結構だが、「その頃、東北では何々があった」と言った記述も必要ではないだろうか? 

日本は確かに小さな島国だ。しかし、明治維新以前は、大小多くの「藩」が分立し、今風に言う所の「地方分権」が存在した。と同時に、様々な風俗・文化・歴史が存在した。

それらを明治維新以後、東京の中央政府が一元的に「日本の歴史はこうだ!!」と一方的に決めつけて良いものなのだろうか? 「画一的で詰め込み式 ── 受験勉強の為の教育」と言われる現代だからこそ、より多様な「歴史観」を育む必要性があるのではないだろうか?

歴史評論家 竹下義朗 
 
記事元:
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/index.html





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