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本当の日本の歴史(慰安婦)その1

日本の先人の偉大な善政、真実の歴史。

従軍慰安婦の嘘 「許文龍氏の証言」
http://ameblo.jp/create21/theme-10014295444.html
「許文龍氏の証言」の以下転載

安婦問題が騒がれた時に最初にそれを嘘だと言ったのは私でね、あまりにおかしな話なんで、私は調べたんですよ。

吉田証言が嘘である事を報じた1989年8月14日付けの済州新聞

*吉田証言が嘘である事を報じた1989年8月14日付けの済州新聞

慰安婦を集めて、本当はどうなんだ?と聞くと、強制連行なんて、そんな事はなかったと言っていましたよ。
事実、そんな事はありえないんですよ。
日本軍は人権にも気を配っていたから軍の慰安婦になれると言ったら、彼女達は大出世で、皆なりたがりこそすれ、そんな強制連行なんて事は考えられないんですよ。

普通売り飛ばされたら、まともにお金もピンはねで自分の懐に入ってこないし、病気になったら使い捨てで、その辺に放り出されて、それで終わりなんですよ。それが当然だった。

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*慰安婦は強制連行ではなく、高給で募集されたという韓国から出て来た証拠資料


それなのに、軍の慰安婦になったら、きちんと収入は得られるし、貯金も出来る。その上、衛生管理はきちんとしてもらえるし、言うことないですよ。
とにかく、そんな事は調べればすぐに解る事であって、なんで日本では誰もきちんと調べて、そんな事はなかったという人が出なかったのか。

こういう事は、話しが出た時点で一刻も早く調べて、決着をつけないとダメなんだ。 許文龍氏の証言


従軍慰安婦問題をでっち上げた国賊 吉田清治
http://momochan1225.blog31.fc2.com/blog-entry-43.html

1983年に文筆家の吉田清治の書著「私の戦争犯罪 朝鮮人の強制連行」と題した捏造本が出版されました。
内容は私は軍の命令でにより、朝鮮人女を205人強制連行し、従軍慰安婦ににしたと言うセンショーショナルな内容の本でした。 この暴露本が噂となり、これを嗅ぎ付けたのが左翼紙の朝日新聞社でこの捏造本を大々的に取り上げ、現在に於ける「従軍慰安婦」問題に火を着け現在に至って居るのです。 この国賊「吉田清治」が出版するまでは1度たりとも「従軍慰安婦」問題は朝鮮はおろか支那からも問題視されては居りませんでした。
 
ところが1992年に歴史研究家「秦郁彦教授」が捏造本の証言に基づいて済州島に行って現地調査を行いましたが
その裏づけは取れず、ましてこの現地調査の2年前にも済州島も地元新聞「済州新聞」までもが、聞き取り調査をしたがその裏づけも取れなかったのです。この様な敬意があり、国賊吉田は自らの書「私の戦争犯罪」はでっち上げの書と認めたのです。

蜷臥伐貂・イサ縲?yoshida_convert_20120207005308 国賊 吉田清治

1996年5月号の「週刊新潮」に国賊吉田のコメントが掲載されています。「「本に真実を書いても何の利益もない。事実を隠し自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやるじゃないか」と開き直ってコメントしております。

なぜ、吉田はこの様な捏造本を書いたのか? それはこいつが根っからの共産主義者であり、国家転覆を企んでおり生まれつきの「利己的主義者」であったからなのです。 後の1998年にこの現地調査をした教授とのやり取りで、日本国内の「人権屋」に依頼されたと、暴露もしております。

*人権屋*(光市母子殺害事件を担当した弁護士のような歪んだ正義感の持ち主、 その大多数がサヨクであり、日々平和、反戦、平等と叫んでおり、現在アイヌ問題なども人権屋が入り込み事を大きくしている)

しかしまずかったのは、これ以降の日本政府の対応でした。この捏造本により火のついた朝鮮人の世論をなだめる意味で安易に朝鮮人に謝罪をしてしまったに留まらず、朝鮮政府から「金銭補償は求めないから強制連行があった事実は認めて欲しい」との通達があり、安易な形で強制連行を国が認めてしまったのです。

この様な経緯があり、日本国家は日本国民に対し恥をかかせ、世界から性犯罪国家の汚名を着せたのです。
この様な「汚名」は簡単には消し去ることは出来ないと思いますが、未来の為、日本国家の威信の為に真の日本人で、一日も早くこの汚名を消し去る努力をしなければいけません。

当時朝鮮には慰安婦は存在しましたが、強制的な従軍慰安婦は存在しなかったのです。そもそも従軍慰安婦なる言葉さえ当時はありませんでした。 従軍看護婦と言う言葉が混同された物なんでしょう。 従軍と聞きますとあたかも強制と言う響きに取れますが、強制連行は在りませんでした。

当時朝鮮には「キーセン」と言う売春宿が各地に数多くあり、それを仕切る朝鮮人と日本軍は取引をし軍専用の売春宿にしたことは当時の資料からも事実として伺えます。 キーセンを仕切っていた朝鮮人も日本軍を相手にしたほうが当然儲かりますので競って日本軍の専属売春宿に名乗りを上げてたそうです。

朝鮮売春宿キーセン 300px-Kisaeng_School
朝鮮人の売春宿 キーセン

慰安婦大募集新聞広告 ianfu3

当時の慰安婦募集の張り紙
 
元慰安婦の原簿預払金調書 chochiku

当時の朝鮮人売春婦の預金通帳


韓国軍慰安婦 3

韓国軍は、朝鮮戦争の1951年頃から1954年の間、 特殊慰安隊という名前で、慰安所を運営しました。

「後方戦史」の特殊慰安隊実績統計表によると、1952年度は、慰安隊89人が年間20万4560人の兵士を相手にしたと記録されています。
慰安婦1人が一日平均 6人から7人の将兵を慰安していた事になります。

当時合法であり、慰安婦を募集してお金を稼ぎたい韓国人の女性が
「就職」に来た日本の慰安婦と根本的に違う所は、韓国軍慰安婦の場合、強制性を帯びており、国家動員体制の一環で施行されたという所です。

慶南大北朝鮮専門大学院客院教授の金貴玉氏は、韓国の陸軍本部が1956年に編さんした公文書『後方戦史』に「固定式慰安所、特殊慰安隊」の記述を見つけました。
「特殊慰安隊は、韓国陸軍により設置された事は、間違いない事実である」と語っています。

朝鮮戦争時に米軍が逮捕した人民軍看護婦 ・托シ呻シ厄シ大ケエ・呎怦・第律縺ョ譚ア莠懈律蝣ア_convert_20120207004937

金貴玉氏の聞き取りに応じたムンアムゲさんは、1951年5月頃、他の女性同盟院3人と一緒に集まっている途中、当時原産前海の女道で諜報工作活動をした北罷工作院達に拉致され、なかでも一人(李何某下士官)に劫奪あった後、強制で慰安婦になったと証言しています。

昼は軍人達のご飯と洗濯をし、夜には 慰安婦にならなければならなかった。他の拉致された女性も同様であった。

つまり、韓国軍は女性を「拉致」して「強制連行」したうえ、炊事、選択までさせていたのです。
更に韓国は、軍が関与していたどころか、政府が慰安婦を募集していたのです。

日本の慰安婦は、募集で就職し、高給を貰い軍人相手にも横柄な態度の人もいたと言います。韓国が日本に言いがかりを付ける、「軍関与」「強制連行」は実は韓国自身がしてきた事なのです。


韓国軍慰安婦 2

2002年2月23日、「東アジアの平和と人権」国際シンポジウム日本大会いおいて、朝鮮戦争時の韓国軍にも慰安婦制度があったことが明らかなっています。

慶南大客員教授の金貴玉さんは、1996年、離散家族のインタビューの中で、「1950年10月、韓国軍の捕虜になり、軍慰安隊の女性と出会った」という男性の証言を得ました。以後5年間インタビューを重ね、「直接慰安所を利用した」「軍に拉致されて慰安婦にされかかった」という男女8人の証言を得ました。

更に金さんは、韓国の陸軍本部が56年に編さんした公文書
『後方戦史』に「固定式慰安所、特殊慰安隊」の記述を見つけました。
設置目的として「異性に対するあこがれから引き起こされる生理作用による性格の変化等により、抑うつ症及びその他支障を来す事を予防する為」とあり、4ヶ所、89人の慰安婦が1952年だけで20万4560回の慰安を行った、と記す特殊慰安隊実績統計表が付されています。

日本が慰安婦制度を行っていた当時は、売春は合法でした。
米軍政庁が公布した公娼廃止領(法律第7号)の発效は、1948年2月。
韓国の慰安所設置は1951年。つまり、韓国は公娼廃止領にも関わらず、1951年から1954年まで3年間、不法に公娼を設置、運営していました。

日本の慰安婦問題は捏造されたもので、当時の慰安婦はお金を稼ぐ為に慰安婦になった売春婦であり、事実軍人さんより稼いでいました。
勿論、強制連行などあるはずもないのです。

しかし、韓国軍の慰安婦には強制連行された人もいます。
韓国は、その史実を隠す為に日本に言いがかりをつけているのかも
しれません。





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