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真実はどこに・・・

すべての日本人に捧ぐ
http://www.youtube.com/watch?v=FHwLx_JRo_k&feature=related

◇12月8日未明の真珠湾攻撃

真珠湾-12月8日を記憶せよ!
(HD高画質ver)
http://www.youtube.com/watch?v=xKj08mdnySs&feature=related

真実はどこに・・・ FLASH
http://www.youtube.com/watch?feature=fvwp&NR=1&v=imtmbp0w8cY

日本がアジアに残した功績 FLASH
http://www.youtube.com/watch?v=fTCAHoGN1I4&feature=related

*その中の一部を紹介
*タイ元首相 ククリックド・プラモード氏

日本のおかげでアジア諸国は、すべて独立した。
日本と言うお母さんは難産して母体を損なったが、
生まれた子供はすくすくと育っている。
今日、東南アジア諸国民が米英と対等に、
話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。

それは身を殺して仁をなした日本という
お母さんがあったためである。

十二月八日は、我々にこの重大な思想を
示してくれたお母さんが一身を賭して
重大決意をされた日である。
我々はこの日を忘れてはならない。

(十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」)


*インド極東国際軍事裁判判事 ラダ・ビノード・パール氏

要するに彼ら(欧米諸国)は、
日本が侵略戦争を行なったということを、
歴史にとどめることによって、
自分らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、
日本の十七年間(昭和3〜20年、東京裁判の審理期間)の一切を罪悪と烙印する事が目的であったに違いない。

私は1928年から1945年までの、
十七年間の歴史を二年七ヵ月かかって調べた。
この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。
それを私は判決文の中に綴った。

その私の歴史を読めば、
欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。

それなのに、あなた方は自分らの子弟に、
「日本は犯罪を犯したのだ」
「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」を教えている。

満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、
どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。
日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、
卑屈、頏廃に流されていくのを
私は平然として見過ごすわけにはゆかない。

あやまられた彼らの宣伝の欺謫を払拭せよ。
あやまられた歴史は書き換えなければならない。

(昭和二七年十一月五日・広島江東裁判所での講演)


*韓国 韓日文化研究所 朴鉄桂氏

大東亜戦争で日本は敗れたというが、
負けたのはむしろイギリスを始めとする
植民地を持った欧米諸国であった。

彼らは、この戦争によって
植民地をすべて失ったではないか。
戦争に勝った負けたかは、
戦争目的を達成したかどうかによって決まる、
というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。

日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。
日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、
「聖なる戦争」であった。
二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、
しかし彼らは英霊として
靖国神社や護国神社に永遠に生きて、
国民尊崇対象となるのである。

(昭和42年10月)



博士の独り言から・・・・
パラオの桜と英霊
http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-category-45.html

以下抜粋記事転載

パラオが親日国家である事由

 国内の言語は、基本的にパラオ語と英語だが、現地の年配の人々には、戦時中に日本語による教育を受けていたために流暢な日本語を話す人が多い。日本語がそのままパラオ語として使われている言葉が非常に多い。たとえば「はい」「扇風機」「大丈夫」「浴衣」「どうぞ」「大統領」等々。

 パラオは、第一次世界大戦の戦後処理、そのためのパリ講和会議によって、日本(大日本帝国)の委任統治領になった。

 当時の様子は、「コロールには南洋庁の支庁を置かれ、パラオは周辺諸島における統治の中核的な島となり、多くの日本人が移住(最盛期には2万5千人ほどの日本人が居住)した。このため、学校や病院・道路など各種インフラの整備も重点的に行われ、1920年代頃になるとコロールは近代的な町並みへとその姿を変貌させていった。また日本統治の開始にともないドイツ語から日本語による学校教育が先住民に対しても行われるようになった」(Wikpedia)とある。

 日本統治の時代は、現地民に愛された時代であった。礼儀正しさと節度、道徳心。他を思いやる心。それらの悉(ことごと)くが、今日の民族性に引き継がれ、反映されている。現地を訪れた研究者によれば、パラオの国定教科書では8パーセント近くを日本統治時代に充てており、「日の丸の旗のもとに」との題名が付けられた章もあるという。

パラオ国旗の由来

◆日本の国旗を模したパラオの国旗  fpalau2008s

 パラオの国旗は、太平洋に浮かぶ月を象(かたちど)っている。なぜ「月」なのか。太陽(日本)があってこそ「月の輝きがある」との意味が込められているとのことだ。中心から微妙にズレている。これは「同じでは日本に失礼だから」とわざと中心をはずした、との有名なエピソードがある。

 日本の統治時代は、パラオの歴史の中で最も輝かしく、現地の人々の心に残る時代であった。そして、その国旗の由来にも綴(つづ)られ、パラオで今も語り継がれるペリリュー島の戦闘があった。


日本とパラオ ~歴史を越えた友情~
http://www.youtube.com/watch?v=cTRfPNEPR-A&feature=related





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